2014年09月16日

木靴の樹 (1999年頃書いた感想)

昔のホームページを整理していたら映画の感想が出てきました。

オルミのこの映画、だんだん記憶が少しずつ曖昧になっていきます。
曖昧な記憶の中で、木を倒すお父さんのシーンだけが鮮明になります。
1999年ぐらいの自分はもう少し鮮明に覚えていたのかもしれません。
読み返しましたが別に面白くない文章でした。とくに最後の一文はつまらん終わらせ方です。
そんなん要らんわ! とおっしゃる方もいるでしょうが…どんな映画かという概要は分かります。

なぜこの映画の感想が目に止まったかというと、彼の近作について、ひとこと言いたかったからです。
わりと最近、オルミの映画が上映されるというので期待一杯で見に行ったことがありました。数年前でしょうか。このブログで見に行く予定だとだけ書いたような記憶があります。
しかし、もうタイトルも忘れました。川がどうのこうのってタイトルだったような。
とにかく、あれはダメでしょう! 中途半端でした。
デル(パソコンの)がスポンサーだったらしく、田舎の村人の集会にいきなり主人公のノートパソコン登場。
あのシーンには、我慢ならん!と思いました。
しかし、相変わらず自然光を大切にした撮影をしていました。その点は懐かしかったし、嬉しかったです。
でも、生きているうちに映画館でもう一度見たいのは、「木靴の樹」のほうです。

yjimage-kigutsu.jpg







「木靴の樹 」
1978年 イタリア 179分
監督:エルマンノ・オルミ
出演:ルイジ・オルナーギ、オマール・ブリニョッリ、
   ルチア・ペツォーリ

 19世紀末の北イタリアの貧しい農民の生活を、そこに生きていた農民の視点から描いた映画。この視点は、最初から最後まで徹底して変わらない。
 この映画は、貧農から搾取する側を安易に非難したり、清く貧しく美しく生きる者を脳天気に描いたりはしない。インテリの高みから型どおりに農民を描くこともない。そうした夾雑物を見事に取り除き、数組の家族のさまざまなエピソードを一見淡々と描いているが、その描写が実に緻密である。人々が大切にしている全てのものが、自然の光の中で輝いている。
 観客を惹きつけるのは、常套句でくくられるものから、はみ出したものだ。型どおりの言い方をするなら、「貧しさと闘い、ただひたすら生きることに懸命な」人々を描いた映画ということになるだろう。だが、極めて厳しい状況の中でも、登場人物たちは独自の価値観と幸福感を大切にして生きている。彼らはときに生真面目で、ときにユーモアと寛大さに満ちている。きわめて身近でありながら高邁なものを、この監督はいくつも見せてくれるのである。だがこの農民たちには、地主の納得しがたい処遇に抗する手立てはない。
 監督自らが撮影、脚本、編集を担当。彼の徹底したリアリズムの追求に、最高の賛辞が贈られるべきである。リアリズムという語は手垢にまみれた言葉であるが、やはりこの言葉なくして彼の映画は語れない。

(以上です。下の画像のお父さんの言葉がすばらしい。
 他にもいろんな話があったのに、記憶から飛んでしまいます。)

img_4 kigutsu.jpg





posted by ring-rie at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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