2012年01月31日

テオ・アンゲロプロス監督を偲んで 再掲・「アレクサンダー大王」の感想

テオ・アンゲロプロス監督が亡くなった(2012年1月24日)と知って、身体じゅうの力が抜け、ネットに浮かぶニュースを探しては読み続けました。
「エレニの旅」を見た後にその感想を書きあげられないままに過ごし、映画の続編の公開を心待ちにしていました。まさかの事故死でした。

アンゲロプロス監督の映画は「エレニの旅」と「アレクサンダー大王」しか見ていません。おそらく彼の追悼企画として「旅芸人の記録」などの諸作品が映画館などで見れるのではないかと期待しています。

「エレニの旅」を見て、この監督の完璧主義的な映像に再び出会いました。水に囲まれた村。葬列のいかだと喪服の人々。説明不足のまま話は進み、理不尽な悲劇が訪れる。
相変わらず説明は極端に少なく、観客を迎える気持ちが感じられない映画ですが、画面構成の素晴らしさに見入り、残酷なほどの悲劇のシーンに涙がこぼれました。
もっと長い感想を書きたかったのですが、書けませんでした。

「アレクサンダー大王」の映画の予告編を探しましたが、見当たりませんでした。彼の映画の一部を載せるのは気が引けますが、全く彼の映画を知らない人には、徹底したロングショットと長回しカメラを知って頂きたいと思います。↓ (まさかのところで切れてるんですけど)



1999年頃に「断愚流通信」で書いた感想をここに再度載せたいと思います。書き直したくなりましたが、またチャンス逃しそうなのでそのままにします。
すでにお読みの方、どうぞご容赦ください。

「アレキサンダー大王」
1980年 ギリシア・イタリア・ドイツ合作
監督:テオ・アンゲロプロス
主演:オメロ・アントヌッティ、エヴァ・コタマニドゥ

 この映画が日本で封切られた頃、ギリシャの現代史を知らなければ理解できない映画だという話をよく耳にした。確かに政治・外交の歴史が深く関る映画である。だが、この国と英国の関係などについてかなりの予備知識があったとしても、この映画の不可解な部分を完全に解明することはできないだろう。映画が進行するにつれて謎は増えていくばかりだ。

 自立したコミューンとなっていた村の指導者が言う。行き場を失った英雄アレクサンダーとその部下たちは、だれかに「利用された」のだと。そのだれかが、彼らの脱獄を手引きしたのかも知れない。しかし、映画は謎解きに拘泥することはない。村人に囲まれた主人公アレクサンダーは忽然と消える。そして、新たな英雄となる可能性を予感させる村の少年が、ある町に入っていくところで映画は終わる。この少年の名も、アレクサンダーだ。

 観客は完璧な画面構成、撮影技術に圧倒される。圧巻はかの有名な360度のパン。映像は限りなく美しいが、ときに同じシーンが、ほとんど変化なく何分も続く。しかし彼の映画を楽しむには、多少は体力を消耗しつつ、持久戦で臨むしかない。

 ときに彼の映画は観客を拒絶しているかのようだ。観客はなけなしの知性を動員して彼の映画を理解しようとする。例えば、観光ガイドが話し始める、婚礼の日に殺されたアレクサンダーの妻は、彼の養母であったという説明。謎に満ちた人物に、どこかで聞いたようなエピソードが加えられる。ここでわれわれは陳腐な解釈を並べ立てたくなるだろう。だがどうやら、これが罠のようなのだ。この映画は、最初に登場するイギリス貴族たちへの軽侮という形で、脳天気な教養趣味への嫌悪感を提示している。こうして映画は、安易な解釈を拒絶しながら、一方次々と謎めいた出来事を提示しつつ映画は進行する。

 「行き場を失ったかつての英雄とその仲間の挫折の物語」という流があり、登場人物の心の動きは重要な意味を持つものの、その細部は語られない。あのロングショットでは俳優の顔や目の動きを見てとることはできない。しかし、登場するいくつかの小道具または衣装に、深い意味を読み取ることができる。アレクサンダーの深い悲しみを表す、結婚式の日に射殺された彼の花嫁の、胸に赤い染みのあるウェディングドレス。それが物語のクライマックスでの、悲しい事件にまた重なることになる。しかし、徹底して説明は少なく、観客が脚本を読み取るのは簡単とは言い難い。しかし、多少観客に不親切であれ、映画を撮る側の「文体」を崩さないことが優先される。説明は最低限にし、映像そのものに語らせることに徹している。

 この映画は、映画と向き合い、自分も参加する側に立たなければ、ただ眠いだけの映画になるだろう。確かに、あまり体調の悪い時には見ないほうがいいだろう。しかしこの映画を見れば、最高としか呼びようのない映像美と出会うことができる。骨身を削ってこの映画を作った人々の気概に触れることができる。この上ない糧として記憶にとどめるシーンに出会うことができる。監督をはじめ、この映画を世に送り出すために尽力した全ての人たちに拍手を送りたい。

posted by ring-rie at 17:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 展覧会・個展など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「霧の中の風景」を観ると涙ぐんでしまいます。
Posted by やしんた at 2012年01月31日 20:04
やしんたさんコメントありがとうございます。
霧の中の風景…この監督が撮る映像、霧の中から登場人物がじわじわと浮かび上がるシーンを、異様な緊張感とともに凝視してしまいます。
ひたすら何かの顕現を待つように彼の映画を見ました。それほどに圧倒的な魅力がありますね。
Posted by ring-rie at 2012年02月01日 09:28
こんにちは〜。
アンゲロプロス監督の訃報には、おどろきました。新作映画を撮っている所だったそうで、そっちがどうなるのかも気になります。
ところで、「アレキサンダー大王」といえば、公開されていた岩波ホールの看板を思い出します。その頃(浪人中)は映画が好きではなかったので、毎日近くに通っていたのに、見に行こうなんて全く思いませんでした。今から考えると、もったいない話です。その後、「旅芸人の記録」は見る機会があったのですが、「アレキサンダー大王」にはお目にかかる機会がいまだにありません。80年代の東京は小さな2番館3番館がたくさんあって、結構いろいろ見られたのですが、それでも、ヘタをすると映画2本分の長さになるせいか、あんまり公開されなかったような気がします。今では2番館なんて絶滅寸前なので、この手の映画を映画館で見るのはほぼ不可能でしょう。でも、この機会に追悼企画が起こる可能性は高いですよね。なんか皮肉な感じですが、気をつけていたいと思います。
Posted by モグ at 2012年02月05日 13:44
モグさんこんにちは。
この訃報には驚きましたし、ただもう、残念過ぎるという思いで、1日ふらふらと過ごしてしまいました。
私は「旅芸人の記録」を見ていません。京都ではこれと別の映画の2本立てやってたんですよ、どんなプログラムや!(笑)そうそう、いわゆる2番館です。あのシステムはありがたかったです。
私が映画をよく見だしたのは大学出てからなんです。年齢差はあるけど、ちょうどモグさんと一致するところあるんですよね♪
あまりに長いし、分かりやすい映画ではないし、上映する場所が限られてしまいますよね。
追悼企画は東京ではチラホラ出てるのでは?
私も気をつけます。
「旅芸人の記録」も他の諸作品も、できれば大きなスクリーンで見たいですよね。ロングショットなので、俳優の顔が分かりませんからw
Posted by ring-rie at 2012年02月06日 19:19
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